旅とグルメと時々猫と。

いまだに人生迷走中のアラフィフシングルが日々の楽しみやお悩み雑感などを書きなぐります⭐️

東北の震災と旅のおもいで

東日本大震災と私の個人的思い出です。
子供のとき、家族旅行で三陸沿岸を電車で旅しました。沿岸の町は山の迫ったわずかな平地に家が建ち、どこかメルヘンめいた美しい町だと思いました。あれは陸前高田やその周辺だったのだろうと思います。

大学のとき現地学習で、宮古市田老町に行きました。ここは、過去3回大津波に襲われては壊滅的な被害を受け、大規模な防潮堤を築いた歴史を持つ町で、防潮堤の近くの民宿に泊まり、夜はお年寄りから昭和大津波の体験談を聞きました。大震災の後、まだ田老には行けていませんが、気になっています。……
仙台に友達がいて、安否確認のメールのやりとりをしましたが、「うちは壊れたが暮らせてます」みたいな、どこかよそよそしい文面はおそらく、大変だったがゆえなのだと思います。のちに半壊した家を建て直したそうですが、津波等のことを詳しく語ったことは、ありません。

記憶が薄れたり混ざったりして、時系列や詳しいことを忘れたりわからなくなったりしてますが。その後東北に初めて行ったのはその秋か、それとも1年後だったか、ツアーが福島駅からバスに乗り換えでしたが、福島のバスガイドさんが冗談で原発被災の自虐ネタを言ったりして、そうでもしないとやってられなかったのだと思います。仙台松島を通り、国道は周囲より一段高い土地を走りますが、ふと、道路標識のてっぺんに枯れ草がついているのに気づき、?と思った次の瞬間、津波でここまで草があがったのだと気づき、ぞっとしました。周囲(海側)の草原は「ここには街があったんですよ」と説明されました。松島の遊覧船は再開してまもなくで、その数年後に塩害で伐採された参道の杉林がそのときはまだありました。
また数年後、三陸鉄道の南半分が開通して、復興応援をかねた?バスツアーでまた三陸沿岸へ。これは5、6年前のことでしょうか。復活した駅や気仙沼の商店に寄り、浄土ヶ浜の遊覧船では、当時の話をガイドさんに聞き、奇跡の一本松へ。枯死した保存木だとしても、一本だけ生き残った木には何かはげまされますよね!陸前高田はかさ上げ工事中で、一帯が山からかさ上げの土を運ぶ巨大なベルトコンベアでとりまかれ、特異な景色でした。どこの町だったか、遺構の団地で、4階くらいのベランダに、冷蔵庫が横倒しに載っていたと思います。沿岸では、国道沿いが、実に何10キロもひたすら荒涼とした空き地になっているところがあり、気持ちがつい暗くなりそうに。山田町では道の駅で地元のおばあちゃんが作ったお土産アクセサリーを買いました。「今日も仮設でがんばってます」と書かれたそのおばあちゃん、お元気でしょうか。大事にしてますよ。
コロナ前のおととしは、念願の
郡山郊外の「三春の滝桜」を見に行けました❗️残念ながら満開には今一歩でしたけど、あと、花見山❗️駅には花木の枝が飾られて、福島は自然の美しいところだと改めて感じました。🌸
また再び、さらに元気に復興した東北を見に行きたいです🌼
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